メモ魔のめもまみれBlog

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【英語】動詞の活用と分詞

現在読書中のリー教こと『英語リーディング教本』の§1〜2を読んでざっくりとメモ。

  • 述語動詞と準動詞
    • 動詞には働きのタイプによって2種類(述語動詞と準動詞)あり、常にはっきりと区別できる
      • このルールは絶対のルールで、例外は一切ない
    • 述語動詞: 動詞の働きだけ。必ず「構造上の主語」を伴う。構造上の主語(S)+述語動詞(V)で「文」となる
    • 準動詞: 動詞の働き以外に名詞or形容詞or副詞の働きを兼ねる。主語を伴わないこともある。主語を伴う場合は「意味上の主語」と呼ぶ。意味上の主語(S')+準動詞(┬)は「文」にならない
    • 英文を読むとき、述語動詞と準動詞を識別することは想像を絶するほど重要
  • 動詞の活用
    • 動詞には原形・現在形・過去形・過去分詞形・ing形の5つの形があり、これを「動詞の活用」という
    • 動詞の活用は表面的な語形の違いを区別したものではない
      • その証拠に、原形と現在形は原則として同じつづりであり、規則活用では過去形と過去分詞形も同じつづり
    • 「同じつづりのものを何故違う形に分けるのか?」という疑問は英語構文の核心に触れる本質的な質問
      • 本書のFrame of Reference (F.o.R.)を勉強していくことでこの質問の答えがわかり、動詞の活用の重要性を学べる

と、しょっぱなから想像を絶したり、核心に触れたりと大盤振る舞いの最終回な勢いですが、ここまで読んだところでふと「そもそも活用ってなんだ?」「分詞ってなんだっけ?」という初歩的な疑問が浮かんで、リー教をそっと閉じて横道(ググる旅)に逸れていきました。

なぜ動詞に活用があるのか?」についてはイマイチ納得できる回答を見つけられなかったんですが、今回探した中では以下の説明が少し分かりやすかったです。これを読む限りは「主語の影響を受けるから動詞が変化(活用)する」と言えるのかもしれません。

動詞は一般に主語の人称と数、時制、態、法によって影響をうけ、様々に変化します。この変化を活用(conjugation)といいます。

06 動詞

ちなみに動詞の活用には、規則動詞と不規則動詞がありますが、この不規則動詞は「古い英語の活用が何らかの形で現代英語に残ったもので、その数は200ぐらいである。それもしだいに規則動詞化していく傾向がある」(『表現のための実践ロイヤル英文法』p.45)なのだそうです。不規則動詞って200個くらいなんですね。

また「分詞」については、『総合英語Forest 7th Edition』の説明ではどうも理解できなくて(頭悪くて…)、これも黄ロイヤルの説明が今回知りたかった範囲としては簡潔で分かりやすかったです。要するに「基本的には形容詞的な動詞」のことを分詞と言って、副詞的な働きを持たせたい時には分詞構文にする、ということのようです。

形容詞と動詞の性質を兼ねている準動詞を分詞という。現在分詞と過去分詞の2つがあるが、時制の現在形や過去形とは直接の関係はない。副詞節の代わりに使う分詞構文は文語的表現である。
分詞は動詞に形容詞の機能をもたせたものであり、形容詞的機能のほかに、本来の動詞としての機能も持っている。動詞時制では進行形と完了形を作ることと、態では受動態を作ることができる。

綿貫陽/マーク・ピーターセン『表現のための実践ロイヤル英文法』p.155, p.157

同じページに載っている「現在分詞・過去分詞と呼ぶよりも、未完了分詞・完了分詞と呼んだほうが正確かも」というピーターセンさんのコラムのシャンパンの例え話(p.157)も興味深かったです。

さらに、分詞についてはYahoo!知恵袋での以下の回答も「分詞」という日本語の説明としては飲み込みやすいと思いました。

分詞は現在分詞も過去分詞も,動詞を形容詞的に使うための形態です。「分」という文字は,形容詞的な性格を分け与えるという意味で使われています。別の言い方をすれば,動詞を「分岐」させて,そこから形容詞的形態を生むということになります。生物が進化するときに枝分かれしていく「分岐」と同じ意味です。

英語の「分詞」とはなぜ「分詞」とよぶのでしょうか? - Yahoo!知恵袋

用語に関連した疑問点として、「ing形を現在分詞形と呼んでいないのは、動名詞があるから?」ってのも動詞の活用のところで疑問に思ったりもしました。これについては現時点では正解は不明。英語のお勉強は今日はここまで。

基本からわかる英語リーディング教本

基本からわかる英語リーディング教本

【英語】英語リーディング教本の品詞分解の狙い

『英語リーディング教本』(通称:リー教)という有名な英語の参考書があって、今これを使って英語の勉強をしています。この参考書は、賛否両論のあることでも有名らしく、アマゾンのカスタマーレビューを読むとそのあたりがよく伝わってきます。また、著者自身もそれを認識しているようで、あとがきでそのことに触れています。

賛否が分かれる原因のひとつは、英文の構造を把握するために徹底した品詞分解を行っているからだと思うのですが、私は特にその部分に興味を惹かれたので手に取りました。本書の冒頭で、具体的な目標を以下のように書いています。

本書を勉強する最終的な目標は「初めて見る英文の構造を誤りなく認識できる力を身につける」ことにあります

薬袋善郎『基本からわかる英語リーディング教本』p.10

そしてこの目標を達成するためになぜ品詞分解を使うのかについては、このアマゾンのレビューを読んだことで、本書の最後の方にその重要性が書かれていることに気づきました。

昔から品詞は「英語習得の鍵は品詞の理解にあり」とか「品詞の理解と識別なくしては、いっさいの上達は絶望である」などと言われて、極度に重視されてきました。ところが、最近では残念なことに品詞分解は…

薬袋善郎『基本からわかる英語リーディング教本』p.281

という説明から始まる「品詞と働き(その2)」の解説の中で、英文を構成するそれぞれの英単語には、「意味」の他に「品詞」と「働き」という2つの属性を持っており、英文の構造(=構文)は各語についてこの2つの属性を明らかにすることによって示され、これらが相互に規制し合うことで文意を限定することができると言っています。

具体的には、英文を読むという作業は以下の2つのプロセスから構成されていると説明しています。(p.282)

  1. 辞書に示された「意味」の中から、論理的に矛盾しないように、語の意味を決める。
  2. 辞書に示された「働き」の中から、構文的に矛盾しないように、語の働きを決める。

この2つのプロセスは「品詞」を媒介にして相互に規制し合うという密接な関係にあり(p.285)、辞書で単語を調べた場合も通常は分類は品詞別にされているので、品詞から意味や働きを限定することができるようになっているとしています。また、このことを一般化して以下のように述べています。

意味または働きによって品詞が決定され、品詞によって意味および働きが限定される。

薬袋善郎『基本からわかる英語リーディング教本』p.286

「意味」と「品詞」と「働き」の間には密接な関係があって、1つが決まると他の2つが限定される(p.183)、というこの相互規制の関係を理解することは、英文を読む上でとても重要に思えますし、品詞分解を徹底する理由もこの言葉に込められていると感じました。

基本からわかる英語リーディング教本

基本からわかる英語リーディング教本

【英語】なぜ5文型の記号SVOCはSOCが働きでVだけ品詞なのか?

英語の初歩的な疑問についてのメモです。
英文を解釈するには、単語の「意味」の他に「働き」や「品詞」が重要で、これらは密接に関連しあっている、というようなことが英語の参考書に書かれていました。

そして、日本の英語学習の定番である5文型の話につながっていくのですが、S,V,O,Cという省略記号(略語)を見ていて、ふと以下のような疑問が浮かびました。

Sは主語(Subject)、Oは目的語(Object)、Cは補語(Complement)と、働きを表す「○○語」という用語を用いているのに、Vだけ動詞(Verb)という品詞を表す用語なのはなぜか? なぜ述語(Predicate)のPじゃないのか?

働きと品詞の分類を簡単に列挙すると以下のようになります、確かにVだけ浮いていて変な感じですね。

働き: 主語(S)、目的語(O)、補語(C)、修飾語(M)、ほか
品詞: 名詞、動詞(V)、形容詞、副詞、ほか

これについてググッて調べていたら、同じ疑問を持った人がYahoo!知恵袋で質問していました。

SVOCっておかしくないですか? - Yahoo!知恵袋

で、上の複数人の回答をざっくりとまとめると、

  • 単なる動詞ではなく、本来は述語動詞(Predicate Verb)を表している
  • 英語の述語は必ず(述語)動詞になるため、述語のことを(述語)動詞と言い切っても問題は少なそう
    • 逆に述語と言うと、日本語の述語と混同してしまう危険性がありそう
    • このあたりは中学生に日本語との違いをわかりやすく教えるためでもありそう
  • 述語と言ったほうが適切な場合は述語と説明している
    • 例えばSVOCの文型でのOとCの関係を「主語と述語の関係」と言う場合の「述語」は、日本語の述語の意味で使われている(Cが動詞だけでなく形容詞や名詞であってもよい)

後半の方は自分の英語知識が浅いせいでちょっとよくわかってませんが、今読んでいる英語の参考書でも「述語動詞と準動詞の区別はものすごく重要」と力説しているので、今の段階から「5文型に出てくるVは述語動詞」と覚えておいたほうが良さそうだなぁと思ったのでメモメモ。

もっとわかりやすい説明があるとよかったんだけど、自分の現在の英語力と検索力ではこれが限界でした。あと「そもそも日本の英語教育の5文型には欠点が多い」みたいな主張も結構見かけたので、Vがどうこう以前の問題もあるのかもしれませんね。

ちなみに今読んでいる英語の本はこれ。英文を読むための解説書としてはド定番らしいです。この本を参考に英語学習の過程でこれから学んだこともメモっていきたい所存です。

基本からわかる英語リーディング教本

基本からわかる英語リーディング教本

【Git】リポジトリ内の不要なファイルを削除して元の状態に戻す方法(git clean)

Gitのリポジトリの中で、いろいろ試してみたけど、結局は元の状態に戻したくなることがあって、その方法を調べたのでメモメモ。

まず最初に、リポジトリ内でaddをしてステージングエリアに追加したファイルがある場合は、それを元の状態に戻しておきます。

$ git reset HEAD

次に、元々リポジトリ内にあった(追跡していた)ファイルやディレクトリで、変更を加えたものを元の状態に戻します。

$ git checkout .

上記の2つの手順を一度に行いたい場合は、以下のコマンドで済ませることができます。

$ git reset --hard HEAD

最後に、元々リポジトリ内になかった(追跡していない)ファイルやディレクトリがある場合はそれを削除します。

$ git clean -fd

これで元通りになったはず。

シリア難民と英語

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1月4日に放送されたBS世界のドキュメンタリー「ヨーロッパ難民危機~越境者たちの長い旅路~」は、2015年9月ごろのシリア難民の状況を取材したドキュメンタリー番組だったのですが、私にとってこの番組は英語の重要性を伝えてくれるものでもあったのでメモメモ。

3歳の男の子の溺死写真

少し前にネット上でも話題となりましたが、溺死してしまったシリア難民の3歳の男の子の写真(閲覧注意)は世界に衝撃を与えました。これは、トルコの町ボドルムからギリシャのコス島を目指す難民ボートに乗っていて、それが転覆した事故により起こった悲劇でした。

難民のテントの脇を通る休暇を楽しむ人々

ギリシャに流入する難民は月に10万人を越え、その7割はシリア人だそうです。難民ボートで無事にギリシャのコス島に渡ってくることができたシリア難民のムハンマドさんは番組内で「ボートで海を渡ることをみんな死の旅と呼んでいます。私達のボートにも水が入ってきて妻も子も怯えきっていました。」と回想していました。また、イスラム国(Islamic State、IS)支配下のシリア北部の都市ラッカから逃げてきた彼らは、そのラッカの現状についてこう答えていました。

「切り落とされた人の頭が交差点に晒されていました。まだ3歳の私の娘までそれを見ています。連中はみんなの前で公開処刑をするんです。ラッカの中心部ナイームの交差点を通った時には、55人の首が金属の棒に刺されて並べられているのを見ました。」

「妻が赤ん坊の耳を覆って、私は娘を抱きしめて耳を防ぎました、爆撃の音が聞こえないようにするためです。ところがある日、私達の家の近くにミサイルが着弾したんです。それ以来、娘は爆撃の音を聞くたびに泣き叫ぶようになりました。」

ギリシャのリゾート地であるコス島に、現在は難民キャンプが溢れており、難民のテントの脇を通る休暇を楽しむ人々というその光景は非現実的な気味の悪さだとリポーターは伝えています。 ギリシャ政府は自国の経済を建てなおすのに精一杯で、難民の世話にまで手が回りません。一方、親切にし過ぎてもいけないという考えがあるのも事実で、国境なき医師団のバンゲリス・オーファヌウダキスさんはこう答えています。

ギリシャに限らずヨーロッパでは人道的支援がさらに多くの人の移住を促すことになりかねないと考えられているのです。」

このあたりの話は、以前記事にしたメリッサ・フレミングさんのTED動画とも関連しそうです。

また番組の中では、シリア人というだけで差別を受けているという元宇宙航空エンジニアの話も紹介されていました。

「私はアラブ首長国連邦に住んでいますがシリア人です。シリア人だとどこにいても迫害を受けるんです。居住ビザも発行してもらえません。」

難民のEU越境ルート

冒頭の3歳の男の子は、シリアを逃れてトルコに行き、トルコからギリシャのコス島にボートで移動するときに転覆して亡くなってしまいました。仮にコス島に逃げてこられたとしても、ヨーロッパまで逃れるためにはそこからさらにいくつもの国を通過しなければなりません。当時は、難民の多くはシリアからトルコ、ギリシャマケドニアセルビアハンガリーオーストリアと通ってドイツなどのヨーロッパ諸国を目指したようで、この番組でもそのルートの難民を取材していました。

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現在は、ハンガリーのルートが閉鎖されて、難民にとってはルートに関する問題も浮上しており、さらに混乱を極めているようです。

仮にものすごい時間と労力を掛けて1つ1つの国に到達しても、さらにそこで何時間・何日も待たされて「難民登録」というのをしなければならない状況で、雨が土砂降りの中で待たされていたり、親とはぐれて泣き叫ぶ子供がいたり、順番待ちが原因で口論になっていたり、とその難民登録所の重苦しい空気は尋常ではない感じです。

ソブヒと英語

そういう状況の中で、この番組ではソブヒという中年のシリア人男性の難民がたびたび出てくるのですが、彼は、良く言えばたくましく、悪く言えばずる賢く、悲惨な状況の難民の中にあってもなぜか必ず生き残りそうな異様な生命力を放っていました。

この彼の生命力は文章で説明するのはむずかしく、この番組を見ないと伝わりにくいものだと思うのですが、そんな彼の長所の1つが英語力でした。

英語を話せる彼は、その英語力が同行者たちに重宝されていて、行く先々で新しいパートナーを見つけては協力し合って(そして時には喧嘩別れもして)、それぞれの国境や逆境を乗り越えていくのです。

ドイツまであと少しのところでリポーターに「こうなるとわかっていてもこの旅をしましたか?」と聞かれて、彼はこう答えていました。「旅をしたと思うよ。ひどい目にも遭ったけど地獄よりマシだから」

そして、この番組の終わりのナレーションはこう締めくくられていました。それくらいソブヒの生命力は突出していると言い切れるということなのでしょう…。

「(今回取材した難民の)彼らにどんな未来が待ち受けているか予想もつきません。しかし、ソブヒはうまくやっていくような気がします。」

なんとも憎めないキャラクターである彼は、確かに今後も様々な状況に順応してうまくやっていきそうな気がしました。そして、英語が大事だということは頭ではわかっていても、今までなかなか勉強する気が起きなかったのですが、このソブヒの生き延びるための道具としての英語という能力を目の当たりにしたら、不思議と勉強する気が起きました。

【書道マンガ】とめはねっ! 鈴里高校書道部(河合克敏)

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金沢21世紀美術館 | 井上有一

『とめはねっ! 鈴里高校書道部』

書道マンガの『とめはねっ! 鈴里高校書道部』河合克敏)を一気読みしたので感想をメモメモ。

「書道」という珍しいジャンルをテーマにした作品ですが、永字八法や楷書、臨書などの初歩的な解説から始まり、色々な切り口で素人にもわかりやすく書道を紹介してくれる興味深い作品でした。また、個性的な仲間たちに囲まれて展開する清潔感のある青春ドラマがほどよく調和していて、地味なテーマにもかかわらず、じっくり・ゆっくりと積み重ねるタイプの良い青春学園マンガでした。

主人公やヒロインはもちろん、端役な登場人物でもしっかりキャラが立っておりそれぞれに魅力的なのもこの作品の特長で、メインである学生たちだけでなく教える側の大人たちも魅力的で個性的です。なかでも主人公たちの担任である「ハゲ山」こと影山先生がとても良かったです。

影山先生が、11巻で「木簡の臨書」の指導で美しさの多様性についてこのような説明をしている場面や、14巻の「卒意の書」の説明のくだりなどでは、解説そのもののわかりやすさもさることながら、この先生の性格もよく出ていていいシーンだと感じました。

書道とは、ひとことで言うと美しい文字を書くことだが、美しい字というとすぐに王羲之の「蘭亭序」や初唐の「楷書」のようなきれいな字を思い出してしまう。しかし、これは西洋美術に例えればモナ・リザやミロのヴィーナスみたいな理想的な美しさであって、それは美しさのひとつの方向性でしかない。世の中にはゴッホセザンヌピカソのようないろんな美しさがある。

「木簡」や、龍門石窟の「造像記」など、きれいな字とは言えないが、違った美しさがある字だ。アンバランスなようであっても、力強く、勢いがあり、味がある。 「前衛書」の先生は君たちに、きれいな字とは違った美しさがあることを知っておいてほしかったんだろう。そして、書というものをもっと自由にとらえてほしいと。

河合克敏『とめはねっ! 鈴里高校書道部』11巻 pp.6-7


「寧ろ拙なるも巧なるなかれ」だな。明末の書家、傅山の残した有名な言葉さ。「拙なるも巧なるなかれ。醜なるも媚なるなかれ。支離なるも軽滑なるなかれ。直率なるも安排なるなかれ。」と続く。 多少、下手な書よりも、技術だけで心のこもっていない書のほうがいけない。多少カッコ悪い書よりも、媚びた書になるほうがいけない。多少、バランスが悪くても、軽はずみに滑らかな書よりマシだ。ありのまま真っ直ぐに書け、あれこれ巧妙に考えすぎるなと、言ってるんだなっ! …と、口で言うのは簡単だけど、そんな境地の書なんてオレも書けないけどな。

河合克敏『とめはねっ! 鈴里高校書道部』14巻 pp.50-51

中盤の7巻あたりから面白さが増していきどんどんのめり込んでいけます。とくに後半の井上有一(冒頭の写真の人)の書のくだりは、主人公と同様に読者にも何かしらの影響を与えてくれる重みのある展開でした。書道に興味があったり、さわやかな青春学園モノを読みたかったりする人には特におすすめです。

村上春樹の考えるオリジナルであるための3つの条件

『職業としての小説家』

何かを創作することがある人なら「独創的なものを生み出すには?」「人が真似できないような魅力とは?」なんて考えることがあると思いますが、そんなオリジナリティの条件について村上春樹さんは『職業としての小説家』の中でつぎのように語っています。

僕の考えによれば、ということですが、特定の表現者を「オリジナルである」と呼ぶためには、基本的に次のような条件が満たされていなくてはなりません。

  1. ほかの表現者とは明らかに異なる、独自のスタイル(サウンドなり文体なりフォルムなり色彩なり)を有している。ちょっと見れば(聴けば)その人の表現だと(おおむね)瞬時に理解できなくてはならない。
  2. そのスタイルを、自らの力でヴァージョン・アップできなくてはならない。時間の経過とともにそのスタイルは成長していく。いつまでも同じ場所に留まっていることはできない。そういう自発的・内在的な自己革新力を有している。
  3. その独自のスタイルは時間の経過とともにスタンダード化し、人々のサイキに吸収され、価値判断基準の一部として取り込まれていかなくてはならない。あるいは後世の表現者の豊かな引用源とならなくてはならない。

もちろんすべての項目をしっかり満たさなくてはならない、ということではありません。

村上春樹『職業としての小説家』pp.90-91

この本はいじわるな見方をすると、村上さんがこれまでの自身の足跡を肯定するために書いたものとも読めなくはないので、自分(村上春樹)の作家としてのオリジナリティについて説明している文章とも言えると思うのですが、仮にそうだとしてもなかなか面白い視点だと興味を持ちました。

一般的にオリジナリティというと、上記の条件の(1)の部分だけにフォーカスすることが多いように感じられます。例えば少し前の東京オリンピックのロゴ問題なども(1)の部分で世間を騒がせたような気がします。それに比べると(2)や(3)がオリジナリティの条件として重視されることはあまりないような、少なくとも私はあまり重視していなかったのでこの考え方に新鮮味を感じました。

内田樹孔子

別の作家で内田樹さんはこのブログ記事でオリジナリティについて語っていますが、ここで触れらている孔子の言葉「述べて作らず」(コピーしているだけで、オリジナルではない)を元に、内田さん自身は「軽々に創造者を名乗るべきではない」「模倣者は模倣をつうじてしばしば前代未聞のことを作り出している」というオリジナリティそのものにやや懐疑的な主張をされています。この考え方にも十分に頷ける部分がありますし、前述の孔子の言葉は、村上さんの(3)の条件に該当しているとも考えられそうです。

オリジナリティあふれるヒッチコック

『定本 映画術』

この村上さんの考えるオリジナリティの3つの条件すべてを満たす人物にはどんな人がいるか、と考えたときに、最初に私の頭に浮かんだのは映画監督のアルフレッド・ヒッチコックでした。彼は20代で映画を撮り始め、その時からヒッチコック独自だと言えるスタイルを有した映像表現で、その後もずっと長きにわたって撮り続けて映像表現(スタイル)を改善していき、61歳の時の作品『サイコ』でそれは最高潮に達しました。そしてそのヒッチコックのスタイルは、後世の映画監督に多くのフォロワーを生み出しました。このあたりについては、映画本のバイブルと言われているトリュフォーによるインタビュー集『定本 映画術』が詳しくて非常に面白いのですが、それについてはまた別の機会に。

というわけで、今後オリジナリティについて考えを巡らせるときには、この村上春樹の3つの条件も思い返すようにしたいのでメモメモっと。